ぷよぱんブログ

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ストーマになるまで#3

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皆さんごきげんいかがでしょうか?

ではでは前回の続きを書いていこうと思います。

その前にある読者に途中から「です、ます」じゃなくなってるよとの ご指摘が・・・ある読者って妻なんだけどね。

自分を出していこうと思う、との言い訳してかわした感じ?

妻はポカーンとしていたけどね。
では続きへ ストマになることが決まってからはことが進むのが早かった。

大学病院にはストマ専門の看護師もいて、何度か顔を出してくれて、 用意するものやパンフレット、パウチなどを見せてくれてしっかりと説明してくれた。

おかげで不安が少し和らいだ気がする。ストマを扱う会社の営業の人にも会った。その一回しかあって無いな。

半年ほど入院していたので一旦退院して、二週間ほど家族と過ごしてから手術することとなった。

忘れもしない8月6日が手術日だ。

とりあえず退院してからの栄養補給はエレンタールのみになるので

ゼリーとドリンクの好きなフレーバーをチョイスして持って帰ることにした。

お決まりの就寝時に鼻から注入は夜中トイレに行くのが面倒だったからやめた。

家は離島のため宅急便で先に送り2、3日分だけ持ち帰る。

障害者になるので手続きに必要な書類等を忘れないようにメモ。

念願の退院。やっと家族の元に帰れる。

嬉しかったね。子供や妻に会えるのがとても楽しみだった。

島に帰り家族と会い、会社にも顔を出しひとまず安心。

近所の人や親戚が痩せ細っていた自分を見て驚いていたな。

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会社には2日後くらいに出社。

ストマの看護師さんに貰ったパンフレットには会社の上司にもストマになる事を伝えた方が良いと書いてあった(ストマのアクシデントやなにかあった時の為)ので伝えた。

社員全員に。10人ほどの小さい会社だしみんなわかってる方が良いかなと思って。

退院してから1週間は無事に過ごせた。

家族でご飯食べる時自分だけゼリーだったがそれも苦では無かった。

ゼリーだけを食べる自分を見て子供達も食べたそうだったな。

でも食器を片付ける時に子供が残したスパゲッティを食べたくなり、口に入れた。

噛みながら飲み込めずにはいた。

その時自分が惨めで情けなくなりストマになって早く家族と同じ食事をしようと強く思った。

それから2日たった夜、熱が出た。高熱だったので地元にある病院に即入院となった。

大学病院からもしもにためにと紹介状と退院証明書?みたいなを貰っていたので役に立った。

大学病院と連携をとってもらい抗生剤の点滴をして様子を見て、熱が下がりしだい大学病院に行くことになった。

入院が予定より少し早まってしまったがしょうがない。

地元の病院に入院して2日後、大学病院に移動するので朝に抗生剤の点滴をしてもらい、そのまま空港に行き本土へ飛びそのまま大学病院に向かって入院した。

長くなってきたな。覚えてるねいろいろと。

続きは今度またどー。
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